二週間ほど前から、すみれ組さんは集会室裏まで歩いて、しゃぼん玉をしています。階段を降りて、ひと回りです。(これを“さんぽ”と名付けてもいいものか?)
『しゃぼん玉』と言えども、教室でしている“しゃぼん玉”のように、子どもたちは感じていません。同じ“しゃぼん玉”なのに・・・
どこへ行く?何があるの?先生がどこかに連れていく!砂利がある!花がある!窓の先に何かが見えた!車があるぞ!・・・いろんなことが見えたり感じたりする中で、しゃぼん玉が飛んでいます。楽しいと思える“しゃぼん玉”も、楽しいと感じる状況になければ、楽しめるものにはなりません!
“さんぽ”っていうのは、「しゃぼん玉が楽しみに歩ける」といいのですが、決して、しゃぼん玉だけでなく、その子にとって、何かに気づくことのできるために歩くことも大切だと思います。
Eちゃんは、しゃぼん玉よりも、探索がしたくてたまりません。バスの方!玄関の中!駐車場の方!この中で、何を見つけているのでしょうねぇ!楽しい気づきをたくさん持つことができているのだと思いますよ。