親子リズムと懇談が続いています。子どもたちと一緒に活動するのも貴重な機会となっている今年度。
保護者同士が顔を合わし、声を聴くのも同様です。
私も、顔を見て声を聴かせてもらおうと、懇談に出させてもらいました。
もっと話が聞きたい、もっと伝えたいと思う時間でした。
年長さんのお母さんたちから、「まだ草笛に残りたい」「ここから出ていくのに不安」といった言葉がありました。
優しく受け止めてくれる場から、知らない場へ向かうことへの不安なのかと思います。
優しく受け止めてくれる場のことをよく、ぬるま湯と表現されます。(決して悪い意味でとらえているわけではありませんからね)
草笛学園は、決してぬるま湯だというふうには思っていません。その子、その子にとって、必要な場を用意しているのだと思っています。それぞれの子にあった場って、どういう場なのでしょうか?それぞれのペースがあり、それぞれの(周囲からの情報を)取り込み方があり、意識できる人(安心する人、ちらっと見れる人、興味を持てる人、追いかけたくなる人、話をしたい人など)があり、その中で自分が認められる、認められていることを感じられる場を目指しています。
子どもたちにとって、必要な場ということです。
そんな中で、大切にされている子は、自分の価値を感じることができてきます。価値があると感じている子どもたちは、いろんな場面でも自分の価値を発揮していきます。それが新たな場でも発揮していくことができます。この先も、それぞれに必要な場があります。そこは、幼児期とは違います。いつまでも赤ちゃん扱いではありません。それだけ、みんな成長しているのですから。たくましく、次のステップにに向かっていくと思います。
子どもにとっても大人にとっても新しいステップに向かうというのは不安です。
その時に、子どもの思いを出せることが大切です。自分にとっての不安、つらさ、楽しさを声にして出せる。それを何はともあれ、聞いていくことが大切です。不登校の心配の声もありました。行くか行かないか、できるかできないかだけではなく、そこの渦中にいるのは、子ども自身です。だから、子どもの声が一番なんです。大人の思いとはちがう子どもの思いから考えていくことができるといいと思います。子どもの声が出せるということは、なにより、素晴らしいことです。
その声を聞ける親もまた、素晴らしいことです。ただ、簡単なことではありません。親もまた、その葛藤や不安を吐露することが大切です。声を出していいんです。声を出すべきなんです。怒ったって、泣いたっていいんです。一緒になって怒ったり泣いたりしてくれる人がいますからね。
(朝は、雪でした)