お泊り会は、園ができたころから、すでにおこなっていた行事でした。
当時のおとまり会は、職員も少なく、多くのボランティアの方々が手伝ってくれていました。特に、近くにあった特別支援学校の若い先生たちが、大いに活躍していただいたようです。トーチで火をつけ、キャンプファイヤー!先生の出し物、仮装。かき氷ではなく、アイスクリーム。手持ち花火。朝は、お散歩。家も少なく、車も通ってなかった地域をのんびり散策でした。今のおとまり会の原点です。時代が変わり、活動内容も変わってきましたが、50年たっても根元は同じだと思います。
子どもたちにとって、一晩、家を離れて生活するって、どんなことなのでしょう?私たち大人が子どものころ、よその家で泊まった時のことを思い出してみてください。
私が記憶しているのは、祖父母の家です。昼間の川遊びやトウモロコシのおやつ、ラジオ体操の場所の里芋の水玉、牛の散歩…楽しい思い出です。ですが、これが夜になると、急に寂しくなりました。天井の木目がお化けに見え、ぽっとんトイレが恐怖で、楽しみと不安が混在した気持ちだったのを思い出します。
草笛の子どもたちにもこの楽しみを作ることと、見通しと不安の中で、人への安心感や自律心を育てることができればと思います。このことは、障がいがあってもなくても、子どもにとって、必要なことだと思います。私たち自身も経験してきていることです。
コロナ禍を挟んだここ数年のおとまり会の取り組みは、子どもたちにたくさん経験させるということではなく、子ども自身が、その気になって、取り組めるように、じっくりと取組みを進めています。なので、カレーづくりにしても、自分で野菜を選ぶ。皮をむこうと思う。鍋に具材を入れようと思う。混ぜたいと思う。その気持ちがおきる働きかけ、時間をかけることで、子どもたちの姿も変わってきたと感じます。
日ごろの草笛では、知ることのない生活の姿も見ることができます。例えば、お風呂。草笛の場合は、プール横でのミニ湯舟、正に露天風呂ですが、ここで、子どもたちはどんなふうにするのか、楽しみな一場面です。自分で身体や頭を洗う?タオルを渡すと擦る?「ゴシゴシ」と声をかけると擦る?泡に夢中?いろいろな姿がありますが、自分でできることにつながっていく姿もたくさん見受けられました。家でも取り組める一つだと感じます。顔を洗うのもそうですね。顔を洗うというときに、どんな声かけをしますか?ある先生は「ごしごし」、ある先生は「じゃぶじゃぶ」。いろんな伝え方があるなぁと思いながら、見ていました。顔を濡らすだけではきれいになりません。器のように手を合わせ、水をためる。その水で顔一面を洗い流すという行為をします。結構、高度なことです。鏡を見て、きれいになったかを確かめます。洗う技術はともかく、きれいになることを意識できるように声をかけたり確かめたりするのも家庭でとりくめそうなことだなぁと思いました。
行事や子どもたちの様子を通して、いろんなことを教えてもらうことができるのも、お泊り会の良さだと感じました。来年はどんな姿を、どんな成長をみせてくれるか楽しみです。
子どもたちも先生たちも、本当に、よく頑張りました。ステキな2日間をありがとう。